推しとは何か
- NannoSono
- 2025年12月15日
- 読了時間: 2分

この数年の間に、「推し活」は随分と人口に膾炙したように思います。
わたしが「推し」という言葉を認識したのは6年ほど前ですから、その時にはすでに世間に馴染んでいたのでしょう。
では、推しとは何なのか?
すべてわたし自身の考えであり、人には人の推し方があっていいものだと思っているのが大前提です。そこは誤解なさらないでください。
わたしにとっての推しとは、光であり原動力です。
決してわたしを救ってくれることはないけれど、推しがいるから暗闇に取り残されずに済む、という感覚。
ファンアートを描いてみようとか、イベントがあるから行ってみようとか、推しが話す言語を学ぼうとか。そういうことは全部、推しがいるから挑戦できたことでした。
前向きな気持ちにさせてくれる推しが大好きだし、そういう人だから推しになるのかもしれません。
時々、推しは探して見つけるものではないという意見を見かけますが、それは、半分当たりで半分外れかなと思っています。
探してもいいはずです。
夢中になれるものがほしい時もありますし、推しが推しになる前は出会わなければなりません。たぶん、趣味が趣味になる前段階があるのと似たようなものです。
ただ、探したところで見つけられないのが推しなのでしょう。
推しというのは、見つかるものだから。何が琴線に触れて何が刺さるかはわからないけれど、出会うべくして出会うものだから。
推しと言うから少しややこしくなるのであって、ただ好きな人、好きなものと言えばいいだけの話かもしれませんね。
推すものがあってもいいしなくてもいいけれど、今読んでくださっているあなたの生活に光があることを願っています。

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